村田女子高等学校
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田邉―― 国・地域という物理的な枠組みを超えて、経済の自由化や人的交流を可能とするグローバリゼーションの時代において、ますます社会の仕組みが複雑化してきています。単純な社会科学者、あるいは自然科学者では解決できない問題が、どんどん噴出する中では、理系が分かる文系の人、文系が分かる理系の人のような間口の広い教養を持つ人が必要とされると考えています。それぞれの生徒が、自身の夢のために幅広く自由に学べる環境こそが、これからの村田に必要なことだと思います。森に例えると原生林。広葉樹も針葉樹も入り混じった植生豊かな森のような学び舎でありたいですね。小野―― そのとおりだと思います。グローバリズムで必要なのは、まさにその多様性、多様な価値観を認め合うということですよね。しかし、それを知るためには、やはりコミュニケーションツールとしての英語の語学力というのも必要でしょう。グローバリズムにとって必要な力というと、異文化理解能力とコミュニケーション能力。ツールとしての英語の語学力に強力にシフトした学びも村田の新しいチャレンジだと考えています。田邉―― 広尾学園では、まず本物に触れることで生徒の目標を明確にし、その夢に向かって生徒自身が楽しんで学ぶ姿勢を身につけるところから、難関大への進学実績を驚異的に伸ばしてきました。さまざまな分野の第一線で活躍する方々から生の声を聴くことからはじまり、ICT機器を利用して、調べたり、発表したり生徒の自学自習をバックアップしているのです。その「学ぶことは楽しい」という教育の本質を、村田でも浸透させたいと思っています。小野―― さらに、グローバリゼーションにおいての国際性の育成にも広尾学園を参考にさせてもらうことが多々あります。新しくできたグローバルリーダーコースは、広尾のインターナショナル・コースのクラスと同じように、ダブル担任制で、1人は日本人、1人は英語のネイティブスピーカーの先生を配置しています。そ新しい村田の目指すものとは?今、なぜ広尾学園との連携なのでしょうか?HISTORY 沿革CONVERONO MASATOPROFILE早稲田大学教育学部国語国文学科卒業。中高時代の国語の恩師のようになりたいと教育の道へ。ニューヨークで5年間、日本の小中高生を教え、3人の帰国生の父としての経験も。日本国内では名古屋、神戸、岡山、神奈川の進学校で教鞭を執るなど、教員としての経験は多彩。東京都市大学付属中学校・高等学校の校長を務めた後、2018年4月、村田女子高等学校校長に就任。校長 小野 正人明治42年(1909)昭和 6年(1931)昭和14年(1939)昭和18年(1943)昭和26年(1951)昭和40年(1965)昭和50年(1975)昭和59年(1984)平成 8年(1996)平成11年(1999)平成13年(2001)平成19年(2007)平成21年(2009)平成30年(2018)現在の千代田区一ツ橋に村田 謙造により「銀行会社事務員養成所」が設立される。「村田簿記学校」内に、「村田女子計理学校」が設立される。校舎を小石川区久堅町(現在の文京区小石川)に新築移転。名称を「村田女子商業学校」と改め、女子商業教育発展への貢献をめざす。「村田女子商業高等学校」に改称。村田学園北軽井沢寮を建設。村田 照子が「村田女子商業高等学校」校長に就任。村田女子商業高等学校市川校舎および、市川グラウンド落成。高等学校の名称を「東京経営短大村田女子高等学校」に改称。高等学校の校舎を文京区本駒込に新築移転。高等学校に普通科を設置。校名を「村田女子高等学校」とする。村田学園創立100周年。広尾学園と教育連携。村田学園のあゆみ28 MURATA GIRLS’ HIGH SCHOOL

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